笑わない魔女と、笑顔絶えぬ魔道具師
第一巻02 / 24

VOLUME I CHAPTER 02

第二章 持ち帰られた依頼書

その日の昼、リュネ冒険者ギルドの扉は通りへ開け放たれていた。

アルシアは敷居をまたぐ前に、奥の勝手口と二階へ続く階段を見た。階段には荷箱を抱えた職員が一人。勝手口の前には空の樽が二つ積まれている。正面の扉まで戻る道を塞ぐものはなかった。

確認を終えてから中へ入る。

午前の依頼を終えた冒険者たちが、窓際の長卓を囲んでいた。革鎧から乾いた土が落ち、受け取り窓口では硬貨を数える音がする。人の声と椅子の脚が石床を擦る音の間を抜け、アルシアは依頼板の前で足を止めた。

ほかより白い札が、一番上に留められている。

エルドラ遺構深部区画、再調査。

題目の下には、「詳細は受付で確認」とだけある。危険度も報酬も書かれていない。空欄が多い依頼ほど、現場で何が起きるか分かっていない。

「お前には向かんぞ」

背後から太い声がした。

振り向かなくても、誰なのかは分かる。靴底が石を打つ音は重く、間隔はいつも変わらない。

ガルドは受付脇の扉から出てきた。灰色の短髪には紙埃が付き、大きな右手で書類の束を抱えている。左手は空いていて、手の甲を横切る古傷が白く浮いていた。

「まだ何も聞いていない」

「聞いたら向くようになる話でもない」

ガルドは依頼板の札を外さなかった。代わりに顎で奥の小机を示す。

そこは受付から見えるが、長卓の喧騒からは少し離れていた。壁を背にでき、正面の扉も勝手口も視界へ入る。アルシアが椅子を選ぶ前に、ガルドは壁側の一脚を足で押し出した。

アルシアは座らなかった。

「正式依頼か」

「支部のな。宮廷から押しつけられた仕事じゃない」

ガルドは書類の束から、封蝋の付いた四つ折りの紙を抜いた。封を割り、机へ広げる。下半分にはエルドラ周辺の簡単な地図と、調査隊が測った数値が細かな字で並んでいた。

「西の水路で地熱の上がり方がおかしい。春先から温い場所が増えた。先月、外壁の一部が崩れて、その向こうに空洞が見つかった」

「人為的な掘削は」

「跡はない。先遣は入口までだ。中から光が見えたが、持ち込んだ導晶の反応じゃない。熱だけ測った」

「戻した?」

「帰らせた。壁の先は古い区画だ。床も天井も信用できん」

ガルドの指が、地図に引かれた太い線を辿る。既に知られている上層水路は途中まで記されていたが、その先は崩落を示す斜線で終わっている。新しい空洞は、その斜線よりさらに奥にあった。

「正式な調査でも、深部が安全になるわけじゃない。水路は生きている。地熱が上がれば石の割れ方も変わる。魔力を流した途端、眠っていた仕掛けが動くこともある」

「魔物は」

「痕跡はない。いないという意味ではない」

アルシアは地図から依頼文へ目を移した。

崩落した壁の向こうに、未知の動力反応あり。

持続的な発光。既知の導晶反応と一致せず。

古代の魔力生成遺物である可能性。

最後の一行だけ、文字が周囲より濃く見えた。

魔力を作るものが、本当にあるとは限らない。蓄えていたものを放出しているだけかもしれない。報告した者が原理を知らず、生成と書いた可能性のほうが高い。

それでも、もし。

誰かの魔炉を通さず、使える魔力を生む仕組みが残っているなら。

朝、手首に触れたときの細い流れが指先へ蘇った。リエッタを生かすため、途切れず渡し続けているもの。自分が眠っているときも、戦っているときも、遠くへ行こうとするときも、身体の奥から削られていくもの。

惜しいと思ったことはない。

惜しいと思わないことが、リエッタを自由にするわけでもなかった。

依頼書を取ろうとした。

指が紙の手前で止まった。

命じても、すぐには曲がらない。手袋の内側で指先が小さく震え、紙の端を一度だけ叩いた。

ガルドは何も言わず、依頼書の上へ置いていた手を退けた。

アルシアは親指と人差し指で紙を挟んだ。持ち上げたとき、封蝋の欠片が机へ落ちる。落下音は長卓の喧騒に消えた。

「報酬は遺物の引き渡し後。調査だけで終わった場合も、日当は出る」

「遺物の所有権は」

「第一調査権は支部。危険がなければ、解析を担当した者へ研究期間を認める。持ち出せる物なら、だ」

「持ち出せない場合は」

「現地で記録する。勝手に壊すな。止め方の分からん動力を、光っているからと引き抜く馬鹿は要らん」

紙を持つ指に、また力が入った。

リエッタなら、光だけを見て引き抜くことはしない。周囲の線を調べ、熱を測り、どこから何が入ってどこへ出るかを確かめる。動かなければ何時間でも座り込み、分からないものを分かったとは言わない。

だから連れていけない、という考えと。

だからリエッタが必要だ、という考えが、同じ場所でぶつかった。

「受けるのか」

「確認する」

「誰に」

アルシアは答えなかった。

ガルドが椅子へ腰を下ろす。古い木が低く鳴った。

「単独と書いて持ってきたら、俺が差し戻す」

「深部へは一人のほうが動きやすい」

「動きやすく死ねるな」

「死なない」

「それを書面に書ける奴は、たいてい信用ならん」

ガルドは笑わなかった。机の地図を裏返し、空白の面へ指先で二本の線を引く。一方は真っ直ぐ奥へ進み、もう一方は入口近くで止まった。

「護衛と解析を分けろ。深部の魔道具は、壊すだけなら斧でも足りる。調査は別だ。お前は古代の刻印を見て、水門の留め具と動力核を見分けられるか」

「見分けるまで触らない」

「見分ける人間が要ると言っている」

二本の線のうち、入口で止まった線をガルドが指で消した。

「それに、四日も五日もお前だけを出せる事情でもないだろう」

アルシアは依頼書を四つに折った。折り目をきっちり重ねたつもりが、最後の角だけわずかにずれる。

命紬は距離が開けば流れを落とす。家にリエッタを残し、エルドラまで行くことはできない。遺構の石壁は魔力を乱すという記録もある。入口で待たせて一人で深部へ入れば、地上に置いていくより悪い。

分かっていた。

分かっているから、依頼書へ伸ばした手が震えた。

「古い水路の図は、これだけか」

「支部にあるのはな。ほかは現地で拾うしかない」

「父の帳面にも、エルドラの記載はない」

ガルドの左手が止まった。古傷のある指が、机の縁に触れたまま動かない。

「そうか」

それだけ言って、彼は地図を表へ戻した。

アルシアが視線を上げたときには、ガルドはもう書類の下段を指している。

「持ち帰るなら貸出票へ名前を書け。今日の受理はさせん。同行者、装備、引き返す条件を決めて、明日もう一度来い」

「明日」

「遺物は昼までに逃げん。逃げる遺物なら、なおさら二人で行け」

長卓のほうで笑い声が上がった。ガルドはそちらへ一度だけ目をやり、貸出票をアルシアの前へ滑らせる。

アルシアは自分の名を書いた。

依頼書の一番上には、リエッタが開いてよいと分かるよう、小さく「確認」と書き足した。そこでペンを置く。同行者の欄には何も書かなかった。

まだ、書けなかった。

森道へ入る頃には、日が傾き始めていた。

リュネの家々は背後へ遠ざかり、足元の土は木の影を長く抱えている。アルシアは歩調を変えず、曲がり角ごとに前方の枝と斜面を見た。通い慣れた道でも、同じ場所に同じ石があるとは限らない。

革鞄の中で、依頼書が歩くたび脇腹へ当たった。

エルドラへ行けば、リエッタを危険へ連れ出すことになる。

行かなければ、工房の棚には焦げた試験器が増える。アルシアの魔力は流れ続け、リエッタはそれを受け取るたび、借りたもののように扱う。

遺物が本物なら、借りなくて済むようになるかもしれない。

中心街と家を隔てる距離でも、胸の奥の流れはまだ安定していた。リエッタの声も痛みも、そこから伝わることはない。ただ魔力が流れている。無事でいる証明ではなく、供給経路が閉じていないというだけの感覚だった。

それでもアルシアは、無意識に歩幅を広げていた。

気づいて元へ戻す。

道の脇に、浅い水溜まりが残っていた。避けることはできたが、考えが遅れ、靴の縁に泥が付く。黒い革に跳ねた褐色が、乾きかけて斑になった。

リエッタが自由になれば、自分は家を出るべきだ。

そうすれば彼女は、供給する者の残量を気にせず、好きな時間に眠り、好きな場所で働ける。食卓の向かいに誰かが座っているせいで、笑って礼を言う必要もない。

正しい形のはずだった。

その形を思い浮かべると、家の中から音だけが消えた。

アルシアは鞄の留め具へ指を掛けた。開けはしない。紙が入っていることを確かめるように、革越しに一度押す。

木立の先に、工房の屋根が見えた。

煙突から煙は出ていない。窓には夕方の光が反射し、中の様子までは分からない。門の留め金を上げると、金属音が庭へ響いた。

返事はなかった。

花壇の青い花が、朝より一つ多く開いている。

アルシアは母屋へ入り、外套を壁の掛け金へ戻した。革鞄を長椅子へ置き、土の付いた靴を勝手口で脱ぐ。工房から金槌の音はしない。約束どおり魔力を使わずにいたのか、それとも作業台でまた眠ったのか。

確かめに行く前に、依頼書を鞄から出した。

食卓へ置き、風で動かないよう黒い手袋を片方だけ載せる。「確認」の文字が上から見える向きに直した。

呼べばいい。

声を出さず、もう片方の手袋を腰へ挟んだ。

泥を落とすために勝手口から井戸端へ回る。桶に水を汲み、靴の縁を布で擦った。一度では落ちず、褐色の筋が革の縫い目に残る。もう一度水を掛けたところで、母屋の中から紙の鳴る音がした。

アルシアの手が止まる。

やがて、扉の向こうから声が届いた。

「アルシア?」

問いが、井戸水の音の上へ落ちた。

「いる」

桶を置き、まだ濡れた指を布で拭う。勝手口を開けると、リエッタは食卓の前に立っていた。

白い髪が夕日の赤を薄く含んでいる。依頼書は卓上へ戻されていた。載せておいた手袋は横へずれ、紙の白い角に、食卓へ置いたときにはなかった斜めの折り目がある。

読んだ。しかも、ただ目を通しただけではない。

アルシアは扉を閉めた。

「どこまで」

「全部」

リエッタは依頼書へ目を落とし、すぐに上げた。口元にはいつもの明るさがある。

「私も行く」

声に迷いはなかった。アルシアは勝手口から食卓までの距離を、普段より長く感じた。

紙一枚で、リエッタは危険な遺構へ行くと決めた。

自分から離れるための道なら、そこが崩れた水路の奥でも構わないらしい。

「駄目だ」

「早いね」

「危険度を読んだのか」

「読んだよ。地図は途中まで。床も天井も危ないし、未知の動力は止め方も分からない」

そこで、リエッタの言葉が急に速くなった。

「それに、生成って書き方はたぶん正確じゃない。入力が報告に見えてないだけか、蓄積したものを出してるかもしれない。でも既知の導晶反応と違うなら、少なくとも今の工房にない変換の仕方が——」

「リエッタ」

名を呼ぶと、言葉が止まった。

「行くなら私だけで行く」

「一人で?」

「遺物を確認して持ち帰る」

リエッタは椅子を引いたが、座らなかった。背へ手を置き、依頼書との間に椅子一脚ぶんの距離を作る。

「何を持ち帰るの」

「現物を見て決める」

「光ってるものが動力核とは限らないよ。圧を逃がす弁かもしれないし、水路全体の留め具かもしれない。入力が地熱なら、止め方を間違えたら熱が別の場所へ行く」

アルシアは答えなかった。

リエッタの手が椅子の背から離れた。考えるときに工具の柄を探す指が、今は空を一度つかむ。

「アルシアなら、分からないまま外したりはしないよ」

リエッタは空の手を下ろした。

「でも、それなら私が要るよ。何を見ればいいかは分かる」

「別の魔道具師を付ける」

「古代式を現場で読めて、命紬の代わりになるかまで分かる人?」

「探す」

「私を置いて?」

リエッタの笑みは残った。次の言葉までの間だけが、少し長くなった。

「エルドラまで四日以上だよ。私を家に置いたまま、そんなに空けられないよね」

「お前は遺構の外にいろ」

「石壁が魔力を乱すって、下の注意書きにある。入口と深部に分かれたほうが危ないよ」

依頼書の下段を、リエッタの指が示す。小さな字で、通信具の反応が外壁付近で不安定になったと記されていた。

アルシアも読んでいた。

家に残せない。入口にも残せない。近くへ連れていけば、未知の仕掛けと崩落のそばへ置くことになる。

「なら、受けない」

「それなら、どうして持って帰ったの」

声は柔らかいままだった。

アルシアは紙の折れた角を見た。リエッタが何を考えながらそこをつかんだのかは分からない。問い返せば、自分が紙を持ち帰った理由まで口にすることになる。

「私にも読ませるためでしょう」

アルシアは否定しなかった。

リエッタは一歩、食卓へ戻った。

「アルシア一人じゃ、あれが何か分からない。私は、アルシアがいなきゃ奥まで行けない」

リエッタは自分のことを言うときだけ笑った。椅子の背を握る指は動かなかった。

「二人なら、足りるよ」

「危険へ行く理由にはならない」

「危険だから、一人にしないんだよ」

胸の奥の流れが、わずかに温度を持った。

それは感情ではない。リエッタの言葉への答えでもない。半日ぶりに距離が縮まり、供給が普段の太さへ整っただけだ。

アルシアはそう切り分け、リエッタの右手へ目を留めた。

手の甲に、細い赤い線がある。

「手を出せ」

「今、その話?」

「出せ」

リエッタが差し出すより先に、アルシアは手首を取った。赤みは薄く、皮膚も切れていない。絹糸のような細さで、斜めに走っている。

「何をした」

「模型の糸が当たっただけ」

「魔力は」

「使ってない。ちゃんと約束は守ったよ」

「昼は食べたか」

「食べたよ。包み、ありがとう」

手首の内側へ親指を当てる。脈は朝より落ち着いている。命紬の流れにも急な欠けはない。

リエッタが白髪を耳へ掛けた。

「朝も測ったよ」

「今は今だ」

「そうだね」

アルシアは手を離した。指先に残った体温が消える前に、食卓の端へ手をつく。

「模型は」

「切ったときに供給側が跳ね返るかを見るもの。左の軸が少し曲がった」

「左が私か」

リエッタは答えなかった。

アルシアは井戸端に置いた桶を思い出した。水に浸した布も、片方の靴も残っている。片づけるべきものが外にあるのに、足は動かなかった。

リエッタは自分を自由にするため、供給側の軸が曲がらない方法を探している。

その先で家からいなくなるつもりでも。

今ここで、その手を危険から遠ざけるには、遺物を調べるしかなかった。

「準備に何日要る」

リエッタが瞬いた。

問いの意味が届くと、椅子の背をつかんでいた指がほどけた。

リエッタは依頼書へ目を落とし、指で紙面の地図を辿った。地図と依頼文の間を目が往復する。持ち出す物と作業時間を数えているようだった。

「四日ほしい。調査具を選んで、予備の導晶を調律する。持ち運べる模型も作りたい」

「三日では」

「作るだけなら。でも耐久を確かめる時間がなくなる」

ガルドの言葉が戻った。遺物は昼までに逃げない。

「四日だ」

リエッタの肩が、わずかに下がった。

「アルシアの準備は?」

「明日、地図と水路の記録を借りる。食料、縄、冷却具、野営具。道は西部街道を使う」

「じゃあ明日、ギルドへ一緒に行こう。正式に受けて、そのまま市場を回れる」

一緒に、という言葉に返事が遅れた。

「ガルドには、同行者を決めて来いと言われた」

「名前、空けてある?」

アルシアは頷いた。

「そこに私の名前を書く」

声に明るさが戻っていた。

アルシアは、今度は止めなかった。

外が暗くなる前に、アルシアは井戸端の桶と靴を片づけた。

母屋へ戻ると、リエッタは茶を淹れていた。朝に使った二つの杯が食卓へ並び、湯気が斜めに流れている。窓は閉じていたが、古い枠の隙間から夜の風が入る。

依頼書の隣には、リエッタが工房から持ってきた記録紙が置かれていた。

「もう書いたのか」

「忘れないうちに。まだ候補だけど」

「見せろ」

リエッタは炭筆を持ったまま、記録紙をアルシアのほうへ押した。

アルシアは向かいではなく、窓と扉の両方が見える側へ腰を下ろした。三つ目の椅子は窓際にあり、二人の間へは入らない。

記録紙の上には、出発までに必要な作業が並んでいた。

遺物へ直接魔力を流さない。

周囲の熱と振動を先に測る。

外せると分かるまで固定部へ触れない。

「分かっている」

「誰かが奥にいたら、アルシアは順番を飛ばす」

アルシアは答えなかった。

炭筆の先が、その下の一行を示した。

単独で先へ進まない。

アルシアは茶へ手を伸ばした。熱い。杯を置く。

「通路の安全確認は私が先だ」

「床に刻印があったら、踏む前に呼んで」

「後ろから見ろ」

「そこから見えなかったら?」

「止まる」

リエッタは頷き、「単独で先へ進まない」の末尾を炭筆で二度なぞった。

アルシアは記録紙を自分のほうへ引いた。

「退く判断は私がする」

「私が危険を見つけても?」

「言え。判断する」

「それだと、私が止まってって言っても、アルシアがまだ行けると思ったら進むよね」

否定できなかった。

リエッタが炭筆を置いた。両手を空け、食卓の上へ載せる。

「どちらかが退くって言ったら、二人で退く。それなら同じだよ」

「お前は遺物を見たら残ると言う」

「アルシアは誰かが奥にいたら助けに行くと言う」

「人と物は違う」

「でも、戻れなくなるのは同じだよ」

柔らかい声だったが、笑ってはいなかった。

アルシアは窓の外を見た。庭の輪郭は夜へ沈み、工房の窓だけが母屋の灯りを薄く返している。あの中には、左側の軸だけが曲がった模型がある。

自分は、リエッタを連れて帰るために行く。

リエッタも同じ言葉を、アルシアについて使うのだろう。

「分かった」

「条件にしていい?」

「書け」

リエッタは炭筆を取り直した。

どちらか一人が退却を求めた場合、二人で退く。

文字の最後を丸く収めてから、余白へ出発までの日程を書き足す。明日から四日間を準備に使い、その次の朝に発つ。明日は二人でギルドへ行き、依頼を正式に受ける。

「ガルドさん、怒ってた?」

「いつも通りだ」

「アルシアが一人で行くって言った?」

「言っていない」

「思ってた?」

アルシアは茶を飲んだ。少し冷めていた。

「思ってたんだね」

リエッタは笑ったが、追及はしなかった。

アルシアは依頼書を開き、同行者の空欄を見た。明日、そこにリエッタの名が入る。自分で書くのか、本人に書かせるのかは決めていない。

紙の下段には、危険度、想定日数、調査の優先事項が並ぶ。そのさらに下に、光に透かさなければ見えない印があるらしい。

「これ」

リエッタが依頼書を持ち上げた。灯りへ向けると、紙の中に星と細い輪が浮かぶ。

「ただの支部印じゃないと思う。線がここで切れてるでしょう。回路の一部みたい」

アルシアには、古い透かしとしか見えなかった。

「依頼と関係があるのか」

「分からない。だから明日、ガルドさんに聞く」

分からないと言える声は、浮ついていなかった。

アルシアは頷く。

リエッタが依頼書を畳み直した。一つ目の折り目、二つ目の折り目までは合った。最後の角だけ、爪で付いた斜めの線が元の折り方に逆らい、白く浮く。

窓枠の隙間から風が入った。

紙の角が持ち上がる。

二人の手が同時に伸びた。

アルシアの指とリエッタの指が、斜めに折れた白い角の上で重なった。

どちらも、先に手を引かなかった。

第2章 了

TABLE OF CONTENTS

公開目次

  1. 01畳まれた毛布
  2. 02持ち帰られた依頼書
  3. 03旅支度の距離
  4. 04同じ道、違う願い
  5. 05一人部屋が二つ
  6. 06白い花の髪飾り
  7. 07エルドラ遺構
  8. 08熱のある手
  9. 09守護者の部屋
  10. 10罠の光
  11. 11命の距離
  12. 12帰る場所
  13. 13父の声を宿す球
  14. 14追跡者の印
  15. 15書庫都市オルフェン
  16. 16もう一人の紫
  17. 17名もない王女
  18. 18祝祭の夜
  19. 19姉という他人
  20. 20父が隠したもの
  21. 21王家の回収命令
  22. 22離れるための嘘
  23. 23選ぶ側
  24. 24白い王女の帰路
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